「あがる」問題をどう考えるか?補遺
「○×だったのであがった」ということに関する考察
私も、本番で、特定のことが原因であがったことは、何度もあります。「だれだれが来ている、見ているから」「場の空気が違っていたから」「ライトが明るかった」「手が冷たかった」「普段と違う音が聞こえた」「響きが違っていた」他にも、個人個人で違う「あがる原因」があったりします。
もう一度、この図を使って考えてみます。
あがった時は、この「社長」がオーバーワークをする。また、あがった時は社長が「外部の刺激に対して敏感になっている」と考えられる。
外部からの刺激があるとする。この外部の刺激は、普段何もなかったら感じなかったりすることも多い。感じても、それに対する対策や反応をとらなかったりすることも多い。また、対策として単純に何かをする「のどが渇いた⇒お茶を飲む」「手が冷たい⇒カイロで温める」「暗い⇒ライトをつける」なども平穏に行われる。
緊張すると、外部の様々な刺激や状況を、敏感に察知し、それに「対策をたてよう」とすることにある。
それで、普段気にならないことに対策をたてようとして、あがった状態が作り出されてしまう。
左「(怒)どうしてできないのっ!!」右「どうしてできないか、考えてみよう」
私が今まで書いてきたことのほとんどは、右図ではなく左図のようになることでした。わたしは「あがり対策」だという意識はありませんでしたが、結果的に「あがり対策でもあった」と言えます
コンクールなどの審査や、オーディションなども「あがる」
審査員や試験官は「演奏者に対する敬意」を持つことにより、順繰りではあるが「参加者のあがりが減る」ことが考えられます。むやみに「緊張する状態」を審査員が作らないこと。「良い鑑賞者」であることにより環境がよりよくなっていくものと信じています、