ピアノレッスン・ペダルと記譜法 作曲家の立ち位置

ちょっとややこしいのですが、ピアノのダンパーペダルと記譜法の関係について考えています。
ダンパーペダル(右のペダル)を踏むと、ピアノの弦を抑えているダンパーというものが全部上がって、ピアノの弦は解放されます。
さて、ここで楽譜の記譜法について考えてみます・次の2つが考えられます。
とくにベートーヴェン以降、ピアノが発達して響きが豊かになり、ダンパーペダルをどのように扱うかが、楽譜記譜上 無視できなくなってきました。ここで、記譜法について考察してみますと、次の2つの書き方が出てきます。

1.手の置き方、手の移動の仕方と、ペダルをそれぞれ克明に書いていく。音符の長さは指を鍵盤に置く長さである。(特にショパン)
2.実際に音の響く長さを楽譜に記す。この場合ペダルは演奏者に任せられる。指を鍵盤から離しても鳴り続ける長さを記譜する。(特にドビュッシー)

単に、楽譜の読み方が違うばかりではなく「作曲者の立ち位置」が違うのです。
1.手の置き方、手の移動の仕方と、ペダルをそれぞれ克明に書いていく。やり方を書く。指を置く長さとペダルの長さを克明に書く。→送り手、演奏者側
2.聴こえる響きを書く。→聴き手、受け手、聴衆者側
(ここで「楽譜を読む人」は「最終目的者」ではない。ということにも注意が必要です。)

不思議なことですが、ピアノの「ダンパーペダル」と「ピアノの響きと時代による変化」という楽器の機構上、発展上の問題によって「作曲家が楽譜に記述するときの立ち居地」というのがはっきりしてしまうのです。作曲者が書いた楽譜が「送り手側」なのか「受けて側」なのかが論じられますし、楽譜を読むときにわれわれが注意しなければいけない、避けて通れない「視点」になりえることは明白でしょう。それぞれの作曲家の作曲のしかたや、時代と考え方、個性がより明白になると考えられます。

このような問題は、「記述の在り方」という括り方をして、たとえば小説や戯曲でも論じられるでしょう。。
戯曲は「読むためのもの」ではなく「演じるための台本」だから「読み手」はそれにしたがって動くと、結果的に何かができる、演じる側に立って書かれています。戯曲の読者の「読み手」は、最終目的者としてかかれてはいません。もし、一人で単に戯曲を読むのだったら頭の仲で舞台を作り、書かれているとおりに想像で人を動かして、それを鑑賞する形になるでしょう。
小説は「読み手」の「想像を掻き立てる」ことを主眼として文章が書かれている。ここでの「読み手」は「最終目的者」です。
「書かれたものは何であるか」「何のために書かれているのか」美術、音楽、文学など、垣根を取り払って考察する可能性があるのではないだろうか?送り手、読み手の立ち位置はどこなのか?
「記述法」とでも言うものだろうか。「最終目的者」に伝えるために、書き手はどのような立ち位置でものを書くのか。文章・楽譜・絵画・美術。それぞれさまざまな立ち位置の可能性があると考えています。
「音楽学」というジャンルを超えて、
「ものごとの記述法」について考察する可能性や価値があるようにも思われます。

→ショパンの楽譜 
私は、ショパンはいつでも「弾いてみて、どれだけの時間鍵盤に指が置いてあるか」で音価、記譜上の音の長さを決めていった、と考えています。「4拍響かす音でも、演奏上指を置いておく時間が1拍だったら四分音符を書く」ということです。
→指使いからちょっとした発見 ショパン:バラード第4番
ペダルについては、初心者のうちから考慮に入れておくといいです。また、記譜上の問題も、早いうちから出てくることがあります。指導者側がしっかりした考え方を持つことが求められます。
→ピアノの記譜法とペダルの問題 子供のレッスンから

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