子供のピアノで「体をゆすって」弾く人がいる

よく、子供のピアノで「体をゆすって」弾く人がいる。気分的にはわからないでもないのですが、これがある程度の曲になると、通用しない。何かぎくしゃくしてしまいます。
私は「ピアノ曲の構造」と密接な関係があると考えています。
ここの所いつも述べているように「ピアノ(鍵盤音楽全般)は、合奏の模倣である」ということです。様々な音が合わさって一つの音楽を作り上げています。そこには「様々なサイクル」が存在するはずです。「16分音符のサイクル」「一拍のサイクル」「一小節単位のサイクル」「フレーズのサイクル」「形式のサイクル」などなど様々なサイクルが合わさっています。
「体をゆする」と、このうち一つのサイクルしか出てこないことになります。そこで指導者が注意を向けなければいけないことなのですが「一つのサイクルに照準を合わせておけば、ある程度形になる曲」というのも存在します。ですから、このような曲ばかり選んでいると(あるいはそのような曲作りばかりしていると)あるところで「弾けなく」なります。
何度も取り上げている、芸術的な作品は「複数のサイクルが調和することによって」できています。「様々なサイクルを、体のどこ単位で感じるべきか」これが問題だと思います。ベートーヴェンの8番を取り上げたのは、これに関して「説明しやすい」からです。
さて、このように考えると「どのような曲をどのようにやっていくことによって、このような弊害を防ぐことができるか」です。複数のサイクルが曲に存在し、それぞれが有機的にあること。ということでしょう。
◇ポリフォニーの作品 あるいはバスラインが有機的に動いている作品。
バッハ:アンナ・マグダレーナの音楽帖 
モーツァルト:初期の作品
ベートーヴェン:バガテル
シューマン:ユーゲントアルバム
バルトーク:ミクロコスモス
ほかにもあると思います。
ここでは書きませんが、ハーモニーの進行や、バスの動きがステレオタイプ(紋切型)の曲などを、あまり意識せずにやっていると「合奏の模倣としての鍵盤楽器」へとつながらなくなってしまいます。
そのような曲も、テクニック等、特化した事項の習得のために練習する必要がある場合もありますが、「曲の構造」を指導者は絶えず注視すべきだと考えています。

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