暗譜と譜読み=集中力のある練習につなげるためにも

こんにちは。
明石市魚住の大竹ピアノ教室の大竹道哉です。
本日もブログを発信していきます。


私は、レッスンの時に生徒が暗譜をしていなくても「楽譜を閉じて」弾くことを要求することがあります。これは「暗譜しているかどうか」よりも「生徒が何に気を付けているか?また、何に気を付けていないか」をはっきりさせるためです。

普通、1カ月も同じ本を毎日最初から読んでいれば、最初の文章ぐらいは覚えていると思います。この読者の中には「平家物語」や「吾輩は猫である」「草枕」「雪国」なんかだったら、最初の一節ぐらいは言える人も多いと思います。

さて、楽譜を閉じて最初の数小節のまとまりを弾いたときに「何を忘れるか?」です。
例えば、最初の1,2小節は弾けても、まとまりのある終止形までたどり着かない。といった場合、曲を始めるときの「ひとまとまり、ここまで歌おう」という長いフレーズが、考えられていないときに起きます。
また、内声を忘れる、バスを忘れる、といったときに、それらを「気に留めてないで練習している=忘れる」からです。

暗譜でバスだけや、内声だけを弾いてみると、横のつながりがあやふやだったりします。指導者は、その曲の構造に応じて「楽譜を閉じたまま」何を聴いて何を聴いていないかをはっきり見ることができます。また、「ジグザグ読み」などをすると「本来のバスや内声が、正しい方向に向かっていない」ので思い出せません。
つまり「覚え方=考え方、見方」であるといえます。
「注意を向けている=自然に覚える」「注意を向けていない=忘れる、覚えていない」です。

さて、そうすると「譜読みの仕方」も変わってきます。以前指摘したように「読んだ音」をそのまま処理せずに「発音」に変換するのでは「視力検査の文字を読むのと同じ」です。つまり「読んだ音を頭の中で情報をまとめたりしない」ので「情報は素通り」です。
これを「日本語(母国語)の文章」について考えてください。それは「失語症状態」以外の何物もありません。読んだ文字や聞いた文章を、一つ一つの「文字」としか認識できない。それをまとめて「意味のあるもの」「単語⇒文節⇒文章」として認識できない。これは「異常事態」です。
たとえば「今日は、天気が良いので散歩に行きました。」という文章を読みます。「天気が」と言っているときに、頭の中に「今日は」がなくなってしまっている。次々に「文字」が素通りし、自分の中に残らない、まとめられないというのは、異常です。
そう考えると「ピアノでその程度の譜読み」をやっている人、それに注意を払わない指導者が多いのが残念です。

「自分は、楽曲の何を聴いて、何を聴いていないか?」を自覚し、その自覚に基づいて「よりよく深く聴く」ことへ結びつける。表面的な、意味のない音ではなく「考え、選ばれた音」を出す習慣を繰り返す。これが重要だと考えています。指導者は、生徒が正しく音符を結び付けて、組織化して考えているかどうかを、絶えず注意することが求められます。

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