ツェルニー30番にまだまだこだわる
またまた1番です。楽譜を掲載しました。出だしはP(ピアノ)で、9小節目からf(フォルテ)です。ここの部分の左手を見てみると、出だしが①,9小節目から②です。①に対して②の音形が、さほど拡がりを見せていない。フォルテの感じもそれほどはしません。それでも9小節目からフォルテにするのは、ピアノの書法としてちょっときついかな、と思ったりもします。
そこで、9小節目から③の音形にしたらどうでしょうか?音域に拡がりがあるので「大きい音を出さなくちゃ」という力みも減り、自然とフォルテが出しやすいと思います。また腕や手のポジションも拡がり、リラックスしたフォルテが得やすいと思います。
もし私がツェルニー氏にこのことを突っ込んだら「手のポジションの難しさや拡がりを避けるために②のように書いた」という言い訳を聞くことになります。しかしその「避ける」ことにより「フォルテを出すことが難しくなり、場合によっては「手の力み」を誘発することにも考えられます。②で「フォルテらしいフォルテ」つまり「フォルテという性格を表現する」にはかなりの高等技術を要するでしょう。そのような技術がなければ「力んだ汚いフォルテになりやすい」ということになります。
「難しい」と思われることを避けるために別の「難しさ」を誘発している。不自然な避け方をすると、このようなパラドックスができてしまいます。
作曲家が芸術作品に「このようにしてほしい」と特定の指示、記号を書くときには「表現上の意図」があり「実現の可能性」「効果」といったものがあるはずです。
私は多少難しくてもツェルニー氏に③のような「フォルテの出やすい書法」にしてほしかったな、と思います。少なくとも芸術作品に「フォルテ」と書かれているときは、「実現可能なそれ相応のピアノ書法」で書かれているからです。
(ツェルニー氏の時代とは楽器が違うではないかという意見もあると思います。これに関してはベートーヴェンのピアノ書法を詳細に検討すれば、理由にはならないように思われますが、近々実際に弾いて確かめてみます)