ピアノレッスン・生徒の「聴き方」を確かめながら進む

たとえば、生徒にある一つのことを注意するとします。「音の粒をそろえる」「テンポを正確に」でもいいです。その結果、生徒が「何か変わった、よかった」ことをその音から実感するかどうか、重要だと考えています。
なぜなら生徒が「自分がわかって、理解して、納得して」やっているか、ただ「先生がそのように言うから」やっているかどうかで、おこなっていることがまるで違うからです。
「先生が言うから」というのは「自分の価値観」を置き去りにしています。もっというと「先生のリモコンに従っている」状態です。これを100%受け入れてしまうと、生徒は自分の価値観を育てるチャンスを失い、それが高じて「先生=正しい」「自分=間違っている」になってしまいます。(これが大げさなことだと思わないでいただきたいです。今まで何人も、それも子供のコンクールに入賞するような子供がこの状態だったりしたのを見聞きしています)

これは本来「道徳の問題」です。「友達に乱暴してはいけない」のは「友達に乱暴すると、先生が怒るから」ではないです。(逆も真なり「友達に親切にする」のは「先生が褒めるから」ではないはずです)

「先生に言われたことを通して、演奏がよくなった場合、そのよくなった実感が、生徒本人にあるかどうか」これがあれば、自発的な演奏に向かっていく可能性があります。
これが生徒に実感がない場合、仮に聴き栄えがよくなっている場合でも、生徒本人の中では「先生が言っているから従う」「自分の価値観は置き去りにする」ということになります。これは「先生=正しい」「自分=間違っている」に陥ってしまいます。ゆくゆくは「自分が音楽から何か感じても、それを肯定できない」という状態につながっていく可能性があります。
「本人が変化に気がつかなければ、仮に演奏に聴き栄えがよくなっていても次には進めない」ということになりますが、「先生=正しい」「自分=間違っている」という認識がつくと、取り返しのつかない事態になります。これは「スパイラル」を起こすしかない、危険な考え方です。なぜなら、自分で評価する能力がないという事態だからです。
この状態だと「自分で良いと思う」演奏そのものを、自分の中で否定してしまい、他人の意見や多数の意見に迎合することになるからです。ここに「生徒本人の中での音楽鑑賞」ということが存在しなくなります。
生徒の中に「できるようになった」実感や「より豊かな表現」という価値観を育てていく必要があります。これは「促す」ことや「注意を向ける」ことと「実践」とがセットになった行為だと思います。また「マニュアルがあって、それにしたがっていく」ようなものではなく「その場その場の現場で指導者が生徒とともに考えて行う」ことのように思われます。
参照1
参照2

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