黒田恭一氏の文章

昨日、本棚の隅にあった「ブーニン」を手に取りました。(音楽の友・別冊 スタニスラフ・ブーニン 昭和61年9月30日発行)ほかでもない。1985年のショパン国際コンクールで優勝した、あのブーニンの特集号。
黒田恭一氏の文章を読みたかったからです。文章のタイトルは、「ブーニンを愛する友へ」

コンクールの翌年の1986年7月、ブーニンは日本に来ました。そのときの騒ぎは普通ではありませんでした。私は、こんなに「クラシックのピアノを聴きたいと思う人がいるのだろうか?」と不思議になったものです。でも、ブーニンのチケットを買う人のうちの多くが、ホロヴィッツやリヒテルのチケットを買うとは思えませんでした。「ショパンや彼のピアノ音楽」とは関係ないことばかりを、毎日のように騒いで報道していたからです。
この騒ぎの中に「ブーニンのショパンを心傾けて聴く」という姿勢は皆無だったように思います。それは黒田氏もこの文章の中で指摘しているとおりで「音楽とは関係ない」と言い切っています。
増刊号「ブーニン」の巻頭言として、黒田氏のこの文章は書かれていました。そこには、「ブーニンのショパン演奏に対する感想や批評、あるいは彼の音楽の成り立ち」というものは全く書かれていません。いくらこの文章を読んでも、当の演奏家については「ブーニンは若いピアニストですから」という一文しか書かれていない、いわば「異例の」文章だともいえます。黒田氏は、この「騒ぎ」に動じることなく「演奏家と聴衆とのあり方」をじっと考え続けていたと思うのです。
彼はこの文章で「ブーニンの演奏や音楽について」ではなく「聴衆の在り方」というものを訴えていました。
「謙虚にその演奏をきかせてもらうという、ききてとしての最低の礼節を、相手が若いブーニンだからこそ、大切にしたいとぼくは思います。」という黒田氏の結びの言葉は、私たちが単に音楽の演奏家ばかりでなく、俳優や様々なスポーツのアスリートに対しても、同じようにあるのではないだろうか、と思うのです。
私はこの、黒田氏の言うところの「ききてとしての最低の礼節」こそが、きっと「ピアノを自分たちの文化とする」ことにつながっていくのではないかと思うのです。人の演奏を聴くどのようなシチュエーションでも、これが必要なのだろうと思います。「レッスンで生徒の演奏を聴く」「コンクールや試験の審査をする」でも、この「謙虚にその演奏をきかせてもらうという、ききてとしての最低の礼節」があるだろうか?これはスポーツなども含めて、さまざまなジャンルにおいてもに言い換えることが可能です。
もう一度自分の心を確かめてみたいと思うのです。また、この思いを共有していきたいと思うのです。
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