先日のレッスンから考えたこと
シューベルト:即興曲作品90-4

この部分、旋律とハーモニーがとても美しいです。
さて、ここの右手をどのように考えて弾くかを考えてみます。
大きい〇が旋律で、小さい〇がハーモニーと考えられます。
①旋律を、大きく、ハーモニーを小さく弾く

②旋律とハーモニーと、違う線で考える。

当然②のほうが「豊かな」考え方になると思います。
①のほうは

のようになってしまいます。また、旋律の音が「すぐ次に移らなければならない」ので窮屈になってしまいます。確かに「右手の神経は一本」で済むのですが・・・
線がぎくしゃくし、旋律のつながりが悪くなります。また①を続けていても②になることはありません。
②に移行するには、テクニックそのものの「根本の考え方」も違ってきます。

つまり、譜例のように「譜読みをする」ことによって、はじめて豊かな表現を得る、ということになります。このような状況は、いつでも楽曲の中に点在し、逃さないことが求められます。また、それを表現するためのテクニックも必要です。

AとBの動きを分ける必要が出てきます。また、お互いの動きが「干渉」せずにそれぞれのパートが ふさわしい響きを出すことを求められます。AとBとでは、響かせ方やペースが全く違います。旋律はゆったりした店舗を感じていますし、ハーモニーは細かく繊細な響きが求められています。それぞれの「楽器」が違うことをしていると考えられます。
テクニック的にこれが解決すると、響きそのものが膨らみや奥行きを持ってきます。「ただ何となく」ではなく「ピアノの響かせ方をもっと豊かにしていく」には「考え方」「楽譜の読み方」「手指や体の使い方」「十ぶんの響きの作り方」などを変えていかないといけないと思います。このことひとつとっても、この3つの中のどこに当たるのか。それぞれをどのように変えていけばいいのかを考えていけるといいです。
大きな波と、小さな波がそれぞれあるということ。旋律の大きな波と、細かいハーモニーの3連符の波、両立するには、手の写真のように「使い分け」のテクニックが必要とされます。
Aはゆったりとのびのびと奏でる
Bは細かく繊細に奏でる
AとBとが「動きが干渉しあわないように」指の使い方のテクニックが必要とされます。
シューマン:アルバムの綴り 作品124より「子守歌」

比較的、このパターンは初歩から出てきています。確かに「旋律の音のほうが大きい」ですが「旋律を大きく出した」だけではきれいにゆったりと響かないのです。それは、考え方もテクニックもお互い干渉されてしまうのでどちらの音もそれなりに響かないからです。
本当に「レベルの高い」表現を目指すのであったら「少ない手持ちで何とかしよう」というのは間違っています。また、少ない手持ちのままいくらやっても「手持ちが多く」はならないです。より高度な考え方が、このような曲でも豊かな響きを作ります。
ただ単に、旋律が強調されているのと、豊かに旋律が歌って、ハーモニーが響いているのとでは、じつはかんがえかたが「全く違う」ことであります。「音の強弱」しか聴かないと、この「差」がなんであるかがわからないと思うのです。ですから少なくとも「聴きかた」をしっかりして指導していきたいと思っています。
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