ブーランジェの場合

以下は 『ブーランジェとの対話』(ブルノ―・モンサンジャン:ナディア・ブーランジェ著 佐藤祐子訳)です。「記憶力」80ページより抜粋
『もしも前の音を記憶していなければ次に来る音は予測不可能であり、一音一昔が孤立無縁の、無意味な音の羅列を読み連ねることになるのです。』という言葉を読み落とせないと思いました。
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確かモンテーニュだったか、「もし記憶がなければ、私には過去も現在もなく、ただ何の脈絡もない極めて刹那的な事象があるのみである」と言っていましたっけ。ですが、私たちは永遠に「過去の体験があって今に生き、今を踏まえて未来に備える」、という方程式に照らしながら生きるに過ぎないのです。
 それをもっと深刻に意義づけて説いたのが、ベルクソンの指摘するところの「意識、記憶、予期」なのです。また、聖トマはそれについて「過去の顕在、現在の顕在、未来の顕在を嘆ぎとらねばならない」、と述べています。
音楽の読み取りや聴き取りにおいても、もしも前の音を記憶していなければ次に来る音は予測不可能であり、一音一昔が孤立無縁の、無意味な音の羅列を読み連ねることになるのです。音楽は殊に記憶という現象を伴います。ですが、それは絵画とて同じであると言えましょう。
 例えば私が絵を眺めるにしても、一度にくまなく観ることは不可能です。それは事実ではありません。厳密に言えば、それは正しくないのです。即ち概観を捕らえているのです。その絵を観た私が「これはキリストの受難だ」とか、「椅子の上の林檎だ」とか言ったところで、すべてを観ているわけではないのです。林檎を眺める際には、椅子の脚にかかる桟も、お皿の載っている椅子のわらの部分も見てはいません。つまり分立した映像を捕らえているのです。
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